日本拳法連盟 青葉拳友会
by dohi-column
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脳による身体活動

以前、体のバランスには脳が大いに関係している事をこのコラムで紹介しましたが、昨今の教育は進学を目指す子供たちが多い為か学力一辺倒に片寄っており、脳のもう一方の働きである人間としての感性を磨く機会に恵まれず、バランスを欠いた人間が育っているように見受けられます。

身体脳は右脳左脳二つに分ける事が出来、それぞれに働きが違っています。
格闘技などのスポーツ全般にとっては、右脳が大変に重要な働きをしており、それは相手の顔の表情の認識や諸物体の奥行きの感覚、更には創造性・音楽性・直観力等のいわゆる感性を右脳が司っているからに他なりません。一方の左脳は、数学的な論理や発話・読書・筆記等から推理などの知性を司っており、右脳は身体の左半身を左脳は右半身をコントロールしているのが特長です。
江戸時代より、武家社会において文武両道に重むきが置かれたのは、戦国時代に武力でもって伸し上がって来た右脳型武士が平和な世の中において人の上に立つ者として、バランスの取れた人物を育てる事を目的とし、左利きを右利きに矯正してまで右脳左脳どちらも働く様に教育したのだと思われます。
この点からも、日本拳法の技術向上には右脳を鍛えるべきで、右脳を鍛えるには、より多く左手足で稽古をするのが近道ではないでしようか。

私達の脳は体の一部であり、体と同じ様に動かさなければ鈍り、鍛えれば鍛えるほど素晴らしい機能を発揮します。
情報収集の名人である脳が、その情報を蓄積するのに用いるのが情報の記憶化であり、記憶を蘇らせるのに最も効果的な方法が反復練習で、不思議な事に複雑な脳は簡単な基礎練習を最も好むのです。日本拳法や柔道・剣道などの格闘技はもちろんの事、スポーツ等においても基本の動きを反復練習する事は、体の基礎作りと共に鋭敏さを養う事につながります。それゆえ一流の選手等は基礎練習をする事を欠かさないばかりか数多く行い、確実に身に付けたその基礎があるからこそ他者に秀でた記録が打ち立てられる訳です。
ボクシングに於けるシャドーボクシングが正にこの事を表しており、相手の動きを仮想してのフットワークや攻撃・防御などの基本練習を普段は徹底して一人で行い、二人でのスパーリングは対戦相手が決まってから試合に合わせて行うにもかかわらず、本番では目を見張る素晴らしいテクニックが見られるのです。

更に、脳は想像力も大変に豊富で、一般に私達が何か行動する時には、脳が先に想像し、その後に肉体が行動を起こします。例えば階段を踏み外す場合、最後の一段がまだあるのにもかかわらず、頭の中で全部降りたと錯覚する事が原因で、これは脳が引き起こしたものなのです。又、脳は何か悪い事が起きるのではないか等のマイナス思考もし、受身の苦手な者は投げられる前に事前に痛いと想像し、恐怖心が先行する為にしっかりした受身が取れず、形が決まりません。
受身が上手になるには基本をしっかりと学ぶ事がまず大切で、ある程度出来るようになった時点で、二人での練習に移行し、痛くない配慮をするのが大切です。
受身を習う者が右前方へ飛び込み回転受身をする際は、お互いの右手同士で手首をつかみ、一方の者が受身を取る者の手首をしっかり握り、落ちる瞬間に若干相手の手首を上に引くことで、頭を床に打つ事なく体に対する衝撃も弱まり、繰り返しての受身の練習が可能になります。

一度きれいに飛べて受身が取れたなら、見ている指導者はその受身を褒めてやり自信を与える事です。受身を取った者は、次からは自分が美しく飛んで受身を取ったとイメージする事で自信につながり、受身が見事に出来る様になります。
これは受身に限った事だけではなく、良いイメージは良い動作につながると云いう事で、右脳の持つ創造性などの感性と数学的な論理や推理などの知性両方の働きと言えるのです。
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# by dohi-column | 2008-02-12 14:15

呼吸法に関して

 日本拳法の構え方や攻撃技、受け手技などの基本動作は、目に見えるので
指導しやすいが、呼吸法のように目に見えない動きに対しては教えにくい上に
意識も低く、個人の技量に任せている事が多い様です。
 しかし、日本拳法を始めとする日本の伝統的な諸芸や格技などのコツを
つかむには、呼吸法が重要な意味を持ち、その大切さを理解して訓練する事が
技術向上にもつながるのです。
 又、呼吸は健康の度合いを測る指標にもなり、不健康な人は息使いが弱々しく
不規則なのに比べて、健康な人の息使いには力強さがあって自らコントロール
する事が出来、時には身体の強さから優秀な選手か否かを見極める判断基準
にもなるのです。

 日本拳法に於いては、間合いの取り方が勝敗を決すると言っても過言ではなく、
この間合いのやり取りこそ呼吸のやり取りなのです。
 ボクシングの様に、三つ打たれたら一つ打ち返すリズムになっている競技は、
打つリズムに合わせて鼻で短く息を出す呼吸に自然となり、体内酸素の消耗量も
少なくてすみ、何ラウンドも戦う事が出来るのですが、主に3分間三本勝負法で
防具を着装して戦う日本拳法の試合では、思いきって撃力を相手に加えないと
一本という得点が取れない為、足捌きや相手との呼吸のやり取りの中で相手の
隙を見つけ、一気に溜めた息を気合と共に吐き出し突くので、3分間とはいえ
消耗量は大きく、その後の呼吸の使い方にも影響を与える事が特徴といえます。

 呼吸を学ぶ稽古法の一つとして日本拳法の二人形があり、お互いに演ずる形の
呼吸が合わないと、いくら基本技術がしっかり出来ていても良い形を演じていると
評価されません。他方防具の乱稽古では、如何に相手の呼吸を乱すかに、勝敗の
カギが有ります。この事からすると、形稽古で呼吸を合わせる術を身につければ
反対に相手の呼吸を乱すにはどのように戦えばよいのか、自ずと理解できるはず
です。二人形は呼吸をつかむ上の大変良い稽古方法の一つと言えます。

 しかし、戦いの中で相手の隙を見出すことは大変高度な技術で、そこには当然
呼吸が大きく関係します。この事は何も格闘技だけではなく、落語においても
名人と言われる話し家は、寄席に来る客を笑わせる「コツ」として、上手く呼吸を
取り入れています。
 例えば、人は怖い話を聞いている時、始めは息を吸って(吸気)静かに耳を傾け、
そのうち息を殺し(待気)緊張状態になります。そこで面白い話をすると、笑う為に
今まで溜めた息を一気に吐き出して(呼気)客席は爆笑の渦に巻き込まれ、
怖い話がいつの間にか面白い話に変わり、人を笑わせる名人としての評価も
高まるのです。

 呼吸法では、吐く息を「呼気」、吸う息を「吸気」、更に息を静止した状態を「待気」と
表現し、日本拳法の技術論からしますと、お互いに「待気」状態にいる時は中々隙を
見出せませんが、相手が突き攻撃をして来るのに溜めた息を強く吐く(呼気)時、
その一瞬にこちらが早く突く事が好機につながり、相手からしますと出鼻を挫かれた
事に成ります。
 剣道において「呼気の時に打つ」というのはこの瞬間を云い、呼気の時に突かれると
躱す事が出来ず、当然お互いが呼気のときに突くと相打ちになります。
更に最大の隙は、相手が突いた事で呼吸を出し切り、吸いに入った時が攻撃の
チャンスで、体は思う様に動かず防御する事が出来ないからです。ボクシングに
於ける鼻で短く息を出す事は、隙を与えないリズムとも言えます。

 私も加齢と共に、筋力や体力が落ちておりますが、その差を補うのには呼吸法を
極める事であると思い日々研鑽を積んでおります。日本拳法を生涯の友と致したい
ものです。
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# by dohi-column | 2007-11-30 00:00

日本拳法を習練する諸君たちへ

日本拳法を始めとする格闘技の世界に入門する者の多くは、己の
腕力に自信がある上で更に強くなりたいと望んでいる者か、反対に
身体が弱々しくて周りの仲間から苛められた経験があり、その
悔しさから強くなりたいと切望している者かのどちらかと言えます。
しかし、実際は短期間で強くなる事など不可能に近く、途中で断念し
止めてしまう練習生も多くいるのが現実です。

斯く申す私なども初心者の頃、防具を装着しての乱稽古において、
いかに力一杯技を駆使しながら攻撃をしても兄弟子などの上級者に
躱され、逆に反撃を受けてその衝撃の激しさに闘う意欲さえ無くなる
事が度々有り、時には止めたい衝動に駆られた事もありました。
それでも稽古を重ねる事によって自然と忍耐力が備わり、身体の
機能が鋭敏になり、それと同時に拳法の技術も向上して、あんなに
嫌だった防具稽古にも興味を覚えるようになって、現在まで続ける
結果となっております。

この様に、くじけそうになる自分と戦いながら、苦しい稽古を
通じて肉体や精神を逞しく鍛え上げるのが格闘技の持つ本来の
意義であると言え、その事は、ただ単に相手を殺傷する技術のみを
身に付けるのではなく、人としての道徳心や礼儀作法、更には人格を
養う事にも繋がるのです。この事は、人間教育を主眼とした「武道」
精神が伝統的に生きているからに他なりません。

一方、スポーツは体力や技術論のみに集約され、思想、宗教、
哲学等の精神的な事は切り離してしまう傾向があります。
西洋の格言にも「身体の鍛錬はグラウンドで、人格の修養は教会で」
とありますが、精神や思想、道徳的な事は宗教家や家庭での躾でと
切り離し、スポーツを肉体の鍛錬と記録の更新に集約した事が、
世界的に発展した所以でしょう。

近年、我が国の格闘技が諸外国で持てはやされ、特に柔道等は
国際的なスポーツとなり、技術面においては格段の向上が見られる
一方、精神面と伝統が疎かであるとの指摘があります。
そのような中、日本拳法の国際的な親善試合で驚くのは、日本人
顔負けの武道精神を身につけた優秀な人材が輩出していることです。
彼らは礼儀正しく基本に忠実で、そして一様に日本の伝統に興味を
持っています。

願わくば、これからの日本を背負って立つ若者が、それも日本拳法を
始めとする格闘技を習練しようとしている若い修行者が、型の模倣に
終わる事無く、伝統的な精神も忘れずに学んで欲しいと密かに希望
するものです。
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# by dohi-column | 2007-10-31 00:00

直突きの考え方

 人間教育に主眼を置く武道では、「礼に始まり礼に終わる」と言われる様に
礼儀作法をもって精神面での修行とし、この事は日本拳法でも例外ではありません。
一方の技術面においては、日本拳法の場合「突きに始まり突きに終わる」と
言われています。
 突く事は単純で簡単な技術と思われがちですが、普段の生活の中で拳(こぶし)を
真っ直ぐに突くような事がほとんどはなく、せいぜい叩いたり振りまわすぐらいしか
して来ていない者にとって、目標にむかって敏速に真っ直ぐに、如何に強い拳で的確に
突くかがなかなか出来ず、当面の課題となります。しかし、突く事は修練によって
確実に身につけることが出来、最も有効度の高い当身技となります。 

<後拳直突き>
 日本拳法は、主として蹴りの間合いで戦うため、遠い距離から後拳を目標に向かって
早く正確に突く為には、肘がしまる側拳(手の甲部を横にする)の直突きが有効ですが、
突き方によっては伏拳(手の甲部を上にする)に比較すると若干撃力が劣ります。
しかし、側拳も、腰の捻りや肩の回転によって突きにスピードを加えたり、突いた瞬時に
前足をしっかり固定し、拳を元の構えの位置に引く事により突きに切れを生じさせたりと、
練習次第で勝るとも劣らない様にする事が出来ます。特に相手の顔面部は腹部と違い
上下左右に動くので、体重を乗せた重い波動突き(伏拳)よりも、スピードと切れのある
側拳での直突きのほうが相手の顔面部に命中し易く、当たった時のダメージが大きい点
からも、側拳は顔面部攻撃に大変有効な直突技と言えます。
但し、腹部攻撃は後ろ波動突き(伏拳)が適しており、特に下半身を若干下に落として
歩幅を広めにする事で安定感を生じさせ、突いた拳に十分に体重を乗せる事で強い
撃力が生まれます。

<前拳直突き>
 現代ボクシングの発祥の地イギリスでは、「左は世界を制す」と言う言葉がありますが、
日本拳法においても又然り、前拳は攻防に不可欠であり、その利点は下記の如くと
なります。
1、前拳は、目標に一番近く、素早く正確な突きが可能である。
2、前拳は、相手の攻撃を阻止しやすい。
3、前拳は、誘い技(後ろ拳への誘導)に通じる。
4、前拳は、相手の防御力を読む事が出来る。
5、前拳は、攻撃の主導権を握るのに有効である。
6、前拳は、突いた時にバランスが崩れにくい。
 このように、前拳が非常に重要であるにもかかわらず、大会において前拳を有効に
突く選手は少ないように感じます。構えが悪く前拳を下げて死に手になっている選手も
多く、前拳を有効に活用出来ないのは当たり前の事です。

拳法は「拳の法」であり、拳の変化に多様な技が組み込まれており、いかにそれぞれの
拳を有効に使うかによって勝敗が決するのです。
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# by dohi-column | 2007-09-30 00:07

一流選手の心理と読み 

 平成19年度日本拳法連盟主催の大会の中で、上期においては規模の大きな
全国選抜社会人選手権大会並びに東日本女子及び少年選手権大会が、7月29日に
明治大学和泉校舎体育館で行われました。

 全国選抜社会人選手権大会の団体戦には、北は北海道から南は沖縄までの30
チームが参加し、その内18チームを自衛隊の精鋭が占め、道場や大学OB会チーム
との熱戦が繰り広げられました。

 この大会は毎年真夏の暑い時期に行われ、今年も例年通り暑さとの戦いとなりました。
それは体力に勝る自衛隊にとって有利に働くのですが、それにしても今回は優勝から
上位4チームまでを自衛隊独占するという例年になく圧倒的な結果となりました。

 これは各自衛隊チームが体力だけではなく、技術レベルが年々向上しているためだと
思われます。又自衛隊チーム同士では僅差の試合が多く、この事は各自衛隊チームが
昨年以上の練習量を積んできた成果だと思われます。

 決勝戦には全自衛隊徒手格闘の中でも強豪チームである練馬の第一普通科連隊
Aチームと、習志野にある第一空挺団Aチームが対戦し、二勝一敗二分で練馬の
第一普通科連隊が優勝を果たしました。習志野の第一空挺団Aチームは惜しくも
二位に甘んじ、三位には力が拮抗した陸自滝ケ原拳法部と陸自大宮拳法部Aチームの
2チームが揃って入賞しました。

 この大会において強く印象に残った試合は、決勝戦での先鋒戦で、第一普通科連隊
の秋葉弐段と第一空挺団の三ケ田四段との対戦です。

 秋葉弐段は120kgの巨体から繰り出す投げ技を得意とし、昨年の全自衛隊大会
無差別級の柔道及びレスリング、更に徒手格闘の三つの部門で優勝を果たしている
大物の強豪選手で、今大会でも決勝戦まで投げ技からの押さえ突きで対戦相手を
全く寄せ付けず一方的な試合展開で勝ち続けてきました。

 一方の三ケ田四段は185cmの身長と長い手足を生かした投げや前拳突きを
得意としている選手で、過去に行われた全日本拳法総合選手権大会で優勝を果たし、
近年も同大会で準優勝するなど日本拳法を代表する実力者です。

 以前にも二人は対戦し、三ケ田四段は秋葉弐段の投げからの押さえ突きで敗れて
いるので、三ケ田四段からすると屈辱を晴らす戦いでもあり、その為に先鋒を味方の
他選手に譲らず、敢えて秋葉弐段に再度戦を挑んだものと思われます。

 両者共に戦いに備え、どのような戦法で勝ちに結びつけるのか、お互いの心理を
読むのも試合の見所の一つです。三ケ田四段からすると、恐らく組技では勝てないと
思い、突き技で勝負を挑むつもりでいたと思われます。一方の秋葉弐段はそのことを
事前に察知しており、しかも最初は三ケ田四段が後拳ではなく得意の前拳突きで来る
であろうというところまで読んでいたと思われます。

 結果は、主審の「一本目始め」の号令と共に三ケ田四段が前拳突きをし、それと
同時に秋葉弐段が右手で横受けして刈り倒し技で投げた後透かさず押さえ面突きで
取るという正に会心の一本でした。

 三ケ田四段からすると、自信のある前拳突きをいとも簡単に躱され、それと同時に
投げられた事により、心理的に二本目に対する戦意をくじかれたのではないかと推測
されます。秋葉弐段もそれを察知していたことでしょ。案の定、二本目は秋葉弐段に
あっさりと組み付かれると難なく内股で投げられ、一本目と同様に押さえ突きを
取られるという完敗を味わう結果となりました。

 以前の三ケ田四段は、良い意味で荒々しさが勢いとなっていて、常に力強さと
威圧感を感じさせる選手でしたが、この大会では急激に体重が落ちたように見え、
その分スピードが増したというより以前の力強さと威圧感が減退したような印象を
受けました。

 他方、秋葉弐段は長年に亘り組み技を中心に技を極め、組技に持ち込めば絶対の
自信があります。又、幾度もの格闘技大会での経験から読みの深さを培い、相手に
与える心理情況も良く研究し、その読み通りに技を決めるだけの力量を身につける
選手に成長していたのです。

 来たる9月16日に大阪市中央体育館で全日本拳法総合選手権大会が行われますが、
三ケ田四段、秋葉弐段共にどの様な戦いを繰り広げるかは、今大会の大きな見所の
一つと言えるでしょう。私も観戦を楽しみにしています。
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# by dohi-column | 2007-08-31 00:00

目線について

 「目は口ほどに物を言い」と諺にも云う通り、役者が映画や芝居の中で役を
演じる時、役者の見る目の位置(いわゆる目線)は、役を表現する上で大変に
大事な要素の一つと云えます。

 日本拳法や他の格闘技においては、目線を目付けと呼んでいますが、この
コラムでは目線と表現します。形演武をする時、演武者の目線や眼光によって、
形の出来不出来に大きな影響が出ます。特に一人形は、構え方や突き蹴り等、
基本に則って正しい動きが出来ていても、目の置き所によっては形に大切な
メリハリ等の出来映えに差が生じます。

 合気道の名人と呼ばれている先生の演武を見ると、相手からの攻撃に対して
自ら体捌きをする時、瞬間的に目線を躱す方向に置き換えることにより体捌きが
敏速になり、技が決まるのです。この目線をうまく用いる事も名人の一つの技と
言えます。

 日本拳法で相手と対峙している時、最も有効な目線の位置を考えてみますと、
顎を中心とした胸の上部が一番相手の全体像が良く見える場所です。しかし、
大半の人は相手の目を直視しています。特に強者や体が比較的大きく威圧を
感じる相手と対戦し、相手の目を直視すると、蛇ににらまれた蛙の如く体が
動きにくくなり、相手の突き攻撃が見えていても打たれたりする事があります。
このような相手に対しては、なるべく相手の目を見ず、いたずらに特定の箇所を
直視せず、顎や胸の上部付近をおぼろげながら見る事で全体像が掴め、萎縮
することなく自らの動作がとりやくなります。

 私事になりますが、私の身長は166cmと今の若者からすると低い方ですが、
その私が背の高い者と空乱稽古(防具を装着せず相手を当たる寸前で止める)を
する時、相手の顔面部に対して直突きで突こうとすると、どうしても重心が必要
以上に上へ伸びて安定感が損なわれます。そこで、目線は相手の顔面部ではなく
腹部まで下げ、その目線のままで稽古をし、顔面部に対する攻撃も目線を変えずに
直突きします。そうする事で下半身の安定を保つ事が出来、組技の攻防にも適し、
更には身体バランスが保たれて、相手の動きも察知しやすくなります。

 皆さんからすると、目線をそんなに落とすと相手がこちらの顔面部に対して
突きなどの攻撃をしてきた時、防御するのに相手の拳が見にくいのではないかと
疑問を持たれる事と思いますが、実際にやってみると意外と分るものです。その
理由とは、相手が攻撃する時には一歩踏み込んで来る為、脚の動きがよく見えて
判断がつきやすく、更に相手が蹴り技以外の攻撃であれば、突くか打つ事しかない
ので想像がつきやすく、その場に応じて受けたり捌いたりと防御が出来るのです。
但し相手の動きを見過ぎてから身体を動かすと、動きが若干遅れるので素早い
タイミングが必要となります。

 ボクシングなどで、相手の攻撃パンチを次々と瞬時に躱す選手を見ていると、
目が良いなと感心するときがありますが、これは選手の視力が良いとか相手を良く
見ていると云う事ではなく、全体像が見える目線で相手のあらゆる動きを瞬時に
読み取り、瞬間的に躱す身体能力が身についているから出来る事なのです。   
日本拳法の選手の中には大変に視力の弱い者がいますが、実際の防具稽古を見ると、
目の良い者より無駄な動きがなく、寧ろ鋭敏と云えます。このような選手は、長い
期間をかけて何回も繰り返し稽古をし、その豊富な経験の中から想像力や勘を養い、
結果として相手の動きがよく見える様になるのです。

 皆さんも視力の良い悪いにかかわらず努力して、戦いの中での目を養い、特に
目線に重きを置いて、目線をどこに置くべきか、又、目線を変えることにより
どのように技やバランスが変化するか、稽古で試して見て下さい。
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# by dohi-column | 2007-07-31 00:00

リズムについて

 前回、前々回と、日本拳法の技術論において重要な要素である「間合い」と
「バランス」を取り上げましたので、今回はそれに加えて「リズム」について
私なりの見解を述べたいと思います。

 私たちは普段の生活の中で、それぞれに異なったリズムを持って生きています。
健康のために毎日歩いたり走ったりしている人は、雨の日など止めれば良いのに
と思うのですが、それでも歩いたり走ったりしているのは、その人なりの生活
リズムで健康を維持したいからでしょう。

 私の好きな小説家の司馬遼太郎が、生前講演会の中でリズムに関して参考に
なる事を話しています。司馬先生曰く、「私は作家で書く事が本業です、
いくら作家だからと言って、この講演会が終了して直ぐに原稿を書く作業を
しようと思っても、3時間位かからないと文章が出てきません。皆さんの中には
話す事と書く事は同じ言語中枢が働いているから可能と思われますが、実は人前で
話をしているときは、私のしゃべる頭の機能は、話しをする機能で満たされています。
その為に文章を書く機能が小さくなっていると思われます。逆に文章を一生懸命に
書いているときは、話す気になりません。」更に「文章を書く事がそんなに難しいかと
人に聞かれれば、こう答えます。『初めは難しかったが、今はちっとも難しくない。
文章にはリズムというものがあるようだ。』と。」又、「体の中には楽器のような
ものがあり、リズムがあり、文章はそれに乗って生まれるものらしい。三日も文章を
書かずに旅行ばかりして遊んでおりますと、四日目に帰ってきて原稿を書く場合、
脂汗が流れるほど四苦八苦します。ところが文章を毎日書いていますと、
そういうことはありません。つまり、自分でつくったリズムが体の中にあるからです。
そのリズムにさえうまく乗せれば、私の見た事、感じた事、書こうとしている事が
うまく文章になっていく。」

 このように、それぞれの専門分野に秀でている人たちは、普段の生活にも自分自身の
リズムを見出し、こだわりを持って生きているのです。日本拳法においても同じことが云え、
一流の強い選手は日々の練習と己の鍛錬を怠らず、普段から自らのリズムを身につける
努力をし、いざ試合となると相手を自らのリズムに乗せて勝利を収めています。

 当然、アメリカの大リーガーで活躍しているイチローや松井秀喜等の超一流の選手も、
日常の練習はもちろんの事、普段より節制等の自己管理をし、常にリズムを整えて生活を
しているから良い成績につながるのです。又、そのような管理が出来なくなると成績も
振るわず、長く続けば引退と云う、厳しい世界にプロは生きているのです。

 日本拳法で一流の選手を目指す諸君らは、普段の生活の中に己のリズムを確立してみては
いかがでしょうか。
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# by dohi-column | 2007-06-30 00:00

間について 

 対戦する相手と一定の間隔を置きながら攻撃する機会を見つける事を、
「間合いをはかる」と云い、攻撃に向けて踏み込む事を「間合いを詰める」
と云います。
 突きや蹴り等で攻撃をする為には、最も攻撃しやすい距離に入り込まなければ
技は決まらず、この事は、相手側にとっても反対に攻撃できる間合いとも云え、
お互いにとって攻撃するチャンスとなります。
 優秀な選手は、自らが攻撃する時には上手く相手の間合いに入り、逆に相手が
攻撃に出てくると、これまた上手く間合いを外す事が出来ます。普段の稽古の中で、
この間合いを的確に練習する事は、技術向上に繋がり、防具稽古だけではなく
二人形などを繰り返し稽古することが、間合いの訓練に役立ちます。
 間合いの大切さは格闘技だけではなく、人間関係を円滑に運ぶ上でも大変に
大事な要素です。古くから諺として、「親しき仲にも礼儀あり」と言われ、いくら
身内や親友であっても、入ってはいけない間がありますが、中には「俺とお前は
真の友だからお互いに言いたいことを云える仲間である」などと言ってお互いに
言いたいことを言うと、意外とつまらぬ事で喧嘩になり、せっかく築いた友情も
壊れる原因になったりします。このように、人と人の間には、お互いに踏み込んで
はいけない間合いがあるのです。
 日本には昔から相手を思いやる文化としての「間」があり、この間の取れる人を
「人間」と呼ぶようになったとの説もあります。一方、この日本の「間」に対して
海外では独自の「リズム」があり、それは大陸文化圏に絶え間なく存続する
国境紛争のせいで人民の自衛意識が敏である事に由来し、格闘技を初めとする
日本の伝統芸能などが「静」であるのに対し、海外は「動」の文化と言えるのでは
ないでしょうか。
 この事は、摺り足で静かに間合いをはかり、徐々に間合いを詰め攻撃に入る
日本の格闘技に対して、フットワークを使ってリズミカルに間合いをはかりながら
闘い、疲れて足が動かなくなると一気に攻撃されてしまう西洋のボクシングを
比べてみると良く分る事です。
 日本拳法における戦いでは、いかに上手く相手の間合いに入って攻撃し、又、
いかに上手く相手の間合いをはずすかも重要なポイントの一つと言えます。
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# by dohi-column | 2007-05-31 00:00

バランスの考え方

日本拳法に限らずスポーツ全般において、体のバランスを保つ事はあらゆる意味で
非常に重要な事であると言えます。

日本拳法では攻撃のみならず防御に於いても影響を及ぼし、バランスを失う事で
突きや蹴り技が決まらなくなったり、相手に隙を与えたりします。

日本拳法の中段の構えは、前足と後ろ足の重心を五分五分に構える事によって、
頭骨から背骨を通り骨盤までの上半身の垂直軸が保たれ、その事により身体の
バランスが取れ、前後の足捌きをするのには容易となりますが、あまり中心軸に
こだわり過ぎると反対に力の伝達が悪くなります。 

玩具の一つに、両端に重しを付けた湾曲した細長い棒の中心あたりに
台座や指先を当てると釣り合いバランスが取れて倒れない
「弥次郎兵衛(やじろべえ)」と云うものが有ります。

しかし、ここで云うバランスとは、ヤジロベエの中心でのバランスを指すのでは無く、
もっと広い意味でのバランスもあると云う事です。

この弥次郎兵衛の中心でのバランスを、私たちの生活に例えて説明しますと、
健康でいる為に水や空気などが奇麗な環境の所に住み、農薬や化学肥料を使わない
安全な農作物を選んでビタミンやミネラルバランスが整った良い食生活を送り、
毎日の睡眠時間は8時間取り、適度な運動とあまりストレスがない生活を
送る事かもしれません。

しかし、その様な生活環境で暮らしていた人が、水や空気が汚染された大都会に
出てきて生活をしたとすると、都会に住んでいる人に比べ、悪い環境に耐えるだけの
抵抗力が無い為に、体調を崩す事になることは明らかです。

又、バランスを1~10の数値で表すと、ヤジロベエであればあくまでも中心は5になり、
それ以下それ以上も完全にバランスを失って倒れてしまいますが、人間の場合は
あらゆる意味で柔軟性と幅が有り、特に体力が有る若い時に筋力を付けると
更にバランスを取る範囲も広がります。睡眠時間を5時間しか取らなかったら
次の日は10時間ぐらい取り、休みには都会を離れて自然がいっぱいの
環境の良い所へ行くなどして、中心の5から外れて3の生活をしたら
次の日は7の生活をすればよいのです。体力の有る若い時は1ヶ月の生活パターンが
トータル的に5に成れば良く、年齢が高くなり衰えてきたら自ずと期間も短くし、
1から10までの幅も狭くして上手くバランスを取る事です。

このようにバランスとは、もっとトータル的な視野に立って考える必要があるのでは
ないでしょうか。日本拳法における突きの撃力も、適度に中心から外す事で、
勢いの有る強い突きが生まれます。日本拳法も人生もバランス競技であり、
それと共に身体や脳の柔軟性が求められるのです
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# by dohi-column | 2007-04-30 00:00

構えについて

 対戦者との攻防の中で、特に影響を及ぼすのが「構え方」であります。
構え方には、相対した時の腕や腰の位置等の身構えと、相手を圧倒するような
気迫や気力の充実と云う心構えの二種類に、大きく分けられます。

 身構えは、それぞれの格闘競技により異なります。
日本拳法で主としている構えは中段の構えで、手拳の位置がみぞおち部と
やや低めに構えます。一方、素面で打ち合うボクシングは、脳に近く
ダメージを受けやすい顔面部を守ると共に、相手の顔面部を反撃し易いように
手拳を顔の位置に置くやや高い構えになっています。キックボクシングでは
パンチよりも衝撃が強いハイキックを防ぐためと、蹴りで相手の顔面部を
積極的に攻撃するのに蹴り足を高く上げ易くするため、更に高い位置に
手拳を構えます。また下半身の構えに注目すると、ボクシングではあまり
膝頭を曲げず腰高に構えます。逆に相手に当ててはならない寸止め競技では、
一般に膝頭を曲げて低く構えます。そして日本拳法ではその中間の高さで構えます。

 日本拳法では、ボクシングのようにあまり腰高に構えると相手からの投げの
餌食にされてしまいますし、寸止め競技のように低く構えると面部に対して攻撃が
しにくくなってしまいます。またこのような構えはキックボクシングや
極真空手のルールであればローキックをもらいやすくなってしまいます。
 このように各競技によってそれぞれに最適化された身構え方があり、
異なるルールではその身構えの特徴がマイナスに働くこともあります。

 さて、日本拳法の選手の中には身構えにおいてとても大切な手構えをせず、
手をだらりと下げている人を見かけます。相手からするとどの方向から
拳が飛び出して来るか分かりにくく、本人も体の緊張感が抜ける利点がある一方、
逆にそれ以上の欠点が生じます。突く時には突く為の軌道があり、
そこからズレると体のバランスが崩れ、攻防に悪い影響を与えるのです。
普段から体に緊張感を与えず正確に身構える稽古をすることをお薦めします。

 尚、どの格闘技においても、気迫や気力などの心構えは同じはずです。
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# by dohi-column | 2007-03-31 00:00